引退5

「続ける代償」としての「タレント活動」

葛飾でのイベントでいるのは子供達でなく、キモヲタと
ハロプロキモヲタ見ようと来た一般人。

変わらなかった。

レコードやさんでのイベントでのやる気のなさがすべて語っていた。

名古屋のHMVでのイベに参加してほんとによかったよ。
「予感」も感じたし。
行かなかったら一生後悔したなあ。
こんな突然の終焉を迎えるなんて。

ハロプロショップでのグッズ引き上げも知ってたけど
ハロプロ卒業」と信じたかった。

あーだらだらとここまでの流れを書いちゃたな。

市井ちゃんの今の音楽的理想は
洋楽の女性ソロアーティストのように
自分の姿を洗いざらいさらして本音で生き
同性相手のライブを行うことだったんじゃないかな。

そして同世代のシンガーが
しっかりと自分の音楽を作ってるのを見て
もう20歳なのになんでこんな状態なんだろうと嘆き、あせる。

ライブやっても来るのはもう見たくないキモヲタばかり。
たとえ安倍麻美並みの環境を与えたとしても、
中島美嘉並みの良曲を与えたとしても
やはり結果は同じだろう。
どこにでもハロプロヲタが彼女の未来を奪いに行く。
(いまなら中島よりもうまく歌えると思う)

どんなに新しい自分を見せようとしても
司会者は「元モー娘。の」冠を付け紹介し
一般人は他のハロプロと同じ物扱いで見る。

たいせーは今を耐えろといったんだろうと。
しかし市井ちゃんは耐えられなかったんだろうと。
契約は更新しなかった。
(と妄想してみる)

そうだね、テレ東での「後藤真希卒業スペシャル」で
ケーキを運ぶいちーちゃん。
あの一瞬のために復帰したのかもしれないな。

例の脳内君の話とシンクロするんだけど
いちごまストーリーの完結で
卒業する後藤真希のストーリーにおいて禁句だった
市井紗耶香の存在をまた表面に出すことが可能になり
後藤真希物語のタブーを一つ減らせたから。
市井は補完材料の一つ、と彼らは考えたかもしれない。